財団法人 電磁応用研究所
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沿革・あゆみ
沿革
研究所のあゆみ
1)その1
2)その2
3)その3

 

研究所沿革
        
  本財団は電磁誘導同期モータの発明者である川原田政太郎が創設した研究所が起源になっています。
  川原田政太郎
は その応用に基づく機械式早稲田テレビの開発に成功し、早稲田大学電気工学科教授として学産官連携研究の実践の拠点となる文部省認可の 財団法人航空電磁応用研究所を1944(昭和19)年東京都駒込に起こしました。その前年の1943(昭和18)年に早稲田大学理工学部に電気通信学科が 創設されています。終戦直後の1945(昭和20)年に財団法人電磁応用研究所に改名し今日に及んでいます。
 
創設時の研究開発技術の背景をまとめてみます。

  当時の、電話や電報の業務は、人間の操作による手動交換や、電報局の窓口で受け付けた電報文の文字を手動でモールス電信機を操作して相手の電報局担当者に送信し、 受信者は受信電報用紙を作成し、電報配達人が受信者に電報文を手渡しました。これらを自動化する電信電話技術は継電器(リレースイッチ)を用いた自動交換機、 電話機、電信端末機の研究開発が国家レベルにおける最先端技術開発でありました。

  計算機も継電器を用いた論理回路(将棋倒し論理)で当時の電気試験所の機関で実現されていましたが、戦後はその基本素子を真空管回路に 置き換えるクロックパルスによる同期制御論理技術が研究開発課題でありました。

  日本放送協会の放送局の設備や、家庭におけるラジオ受信機の主要部品は真空管素子でした真空管は音声を電波に乗せ、 受信した電波を音声に変換する装置(増幅器、変調器、検波器など)の主要素子でした。マイクやスピーカは電磁部品でできていました。

  ファクシミリはスコットランドの時計職人が1841年1月1日に特許登録した、電磁波で振り子を動かす電気式の時計を応用したものでしたが、 実用になるのに100年かかりました。日本では『模写電信装置』として、鉄道や警察での通信手段や電報局の補助的な装置として用いられていました。同じ時期、新聞社や商社の国際間の情報手段はテレックスが主体でした。

  政太郎はこれらの技術を総称して『電磁応用』と称しておりました。

  これらのサービス業務を実現する基本技術の研究は、

  @素子機能の発見と素子の実現の発明、
  Aそれらの組合せである回路設計と装置の開発

  ですが、当時の基本技術はモータや継電器などの電磁部品の実現と組合せに関するものでした。 『電磁応用』の語彙には電波や光の応用の概念にあわせて『回路技術』が含まれます。回路技術はエレクトロニックス技術として驚異的な発展をし、今日の情報通信技術そのものになりました。 用語も次のような進展をし、関連する用語も多岐に渡っています。

電磁応用機器⇒電磁回路⇒真空管回路⇒電子管回路⇒電子回路/半導体回路素子⇒ 半導体集積回路(IC)⇒大規模集積回路(LSI)⇒情報システム回路/デジタル回路

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